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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)134号 判決

控訴人 小池藤左衛門

控訴人 小池正澄

右両名訴訟代理人弁護士 真田重二

被控訴人 藪中実康

〈外五名〉

右六名訴訟代理人弁護士 月山政治

主文

原判決の内控訴人等敗訴の部分を取消す。

被控訴人等の請求を棄却する。

訴訟費用は全審級を通じて三分し、その二を被控訴人藪中三名の負担とし、その一を被控訴人青木三名の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

≪証拠省略≫を考え合せると、崔龍駿は、土木建築請負業を営んでいるものであるが(この点当事者間に争いがない。)、昭和二九年八月一三日は盆休みであったし、神戸市生田区荒田町の自宅に居住する妻が手術をすることになっていて、右自宅に帰る必要があったので、帰宅することになったが、右下請負業に使用する本件自動車の運転のため雇っていた運転手川本富夫が盆休みで帰郷し、右自動車を運転する者がなかったので、前日の一二日息子の崔徳鎬に対し、自動三輪車の運転免許しか受けていない上久保和一に、本件小型四輪貨物自動車の運転をすることを依頼させてその承諾を得、同月一三日午前七時頃、まず運転免許を受けていない崔徳鎬に本件自動車を運転させ、和歌山県有田郡清水町大字久野原の飯場事事所を出発し、同町大字清水で上久保和一を同乗させた。途中同県海草郡小川村大字梅本所在の郵便局前で、上久保和一は、元雇主の小池智から、同人の自動三輪車の故障の修理方法を、和歌山市所在の宮本モータース店に問い合せてくれるよう依頼されてこれを承諾し、ついで、同村大字大木から崔徳鎬と交代して本件自動車を運転して海南市海南駅へ行った。崔龍駿は、同日午前九時頃同所で降り、その後の運転を上久保和一に委せ、同駅から汽車で神戸市へ行った。上久保和一は、右自動車を運転して和歌山市へ行き、宮本モータース店に立ち寄り、小池智から依頼を受けた用件をすまし、更に、トヨタ自動車株式会社の代理店に立ち寄り、崔徳鎬の運転により帰途につき、和歌山市紀三井寺付近から上久保和一が運転し、時速二〇ないし二五キロメートルの速度で進行し、和歌山県有田郡清水町に帰る途中、同日午後三時五〇分頃海南市和歌山電気軌道株式会社日方停留所の約三〇メートル手前道路にさしかかった際、前日来の疲労のため眠気を催し、仮眠のまま進行し、同所二九三番地津村菓子店前道路上で、同一方向に左側を歩行中の藪中千代(大正一一年一月二一日生れ。被控訴人俊一の妻、同実康、同資康の母)の背部に自動車の前部バンバーを衝突てん倒させ、約一〇メートル引きずり車輪で轢いたが、右事故に気づかず進行を続け、同所七九六番地滝本運動具店前道路上で、被控訴人青木美恵(昭和二二年九月二七日生れ。被控訴人青木一美、同青木たか子両名の子)に右自動車を接触させ、車体下部に同女のスカートを引きかけて引きずり約一五メートル東進し、右事故に気づいた崔徳鎬(事故当時は眠っていた。)に起されて初めて右事故を知り、自動車を停止させたが、右事故により藪中千代に右頭頂部に拇指頭大の骨膜に達する挫創、左上膊骨折、左脇肋骨三本骨折の傷害を与え、同日午後四時頃右負傷による心臓麻痺のため死亡させ、被控訴人青木美恵に全治まで一〇〇日以上を要する(原判決一七枚目表一行目から三行目までに記載のような傷痕は残っている。)顔面、両前膊、両下肢、左背部擦過傷、右耳部挫創を負わせたことを認めることができる。≪証拠の認否省略≫。自動三輪車の運転免許を受けただけで、小型自動四輪車の運転免許を受けていない者は、小型自動四輪車を運転することができないことは当然であり、かつ自動車の運転中眠気を催したときは、眠気をさました上で運転すべき当然の注意義務があり、正当な運転免許もなく、しかも仮眠しながら運転することは、運転者の重大な過失というべきであるから、本件事故は、上久保和一の本件自動車の運転上の重大な過失により生じたものであることは明白である。しかし、上久保和一が控訴人等の被用者であったことを認める証拠はないから、右上久保が控訴人等の被用者であることを前提とする被控訴人等の請求は理由がない。

被控訴人等は、崔龍駿は、本件事故につき不法行為者として、少くとも、上久保和一と共同不法行為者として同人と連帯して損害を賠償する責任があると主張し、既に認定したところにより明らかなように、崔龍駿は、自己の営む土木建築請負業に使用している本件自動車に乗り、和歌山県有田郡清水町大字久野原所在の自己の飯場事務所から海南市海南駅に赴くのに当り、その息子の崔徳鎬を介し自動三輪車の運転免許を受けているのみで、小型自動四輪車の運転免許を受けていない上久保和一に、同人が後者の免許を受けていることを確認することなく、本件小型自動四輪車の運転を依頼させ、同人に運転免許を全然受けていない崔徳鎬と代る代る右自動車を運転させ、自分は海南駅前で下車してから後も、右両名が和歌山市へ行き、更に右飯場事務所に帰るまで右自動車を運転することを知りながら、これを許容したのである。自己が使用する自動車の運転を他人に命じ、又は依頼して行わせる者は、当該自動車を運転することができる免許を有する者に、これを行わせるべき注意義務があることは、運転免許を受けた者に限り、自動車の運転が許されていることから当然であって、崔龍駿が前記認定のように、小型自動四輪車の運転免許を受けていない上久保和一に、本件小型自動四輪車を運転させたことは、自動車の運転者の選任を誤った点において過失があることは明らかである。しかし、民法第七〇九条は、自己の故意又は過失による行為、又は他人の行為を利用し、例えば、責任無能力者を利用して加害行為を行う等、自己の行為と同視し得る行為により他人の権利を侵害した場合に適用があるのであって、特別の規定のある場合(例えば民法第七一四条、第七一五条)の外、他人の行為によって生じた加害行為につき適用があるものではない。従って、被用者の選任監督を怠った結果、被用者が故意過失ある行為により他人の権利を侵害した場合にも、その使用者に、右権利侵害について故意過失がないときには、その選任監督を怠ったことと右権利侵害との間に特に因果関係の認められるような特別の事情のない限り、右使用者に民法第七一五条の責任があることは格別、同法第七〇九条による責任はないものと解すべきである。又共同不法行為(狭義)が成立するためには、数人の行為の関連共同により違法行為が生じ、数人の行為がいずれも当該損害の原因となることを要する。本件事故は、上久保和一が仮眠しながら本件自動車を運転した重大な過失により惹起されたものであって、崔龍駿は事故発生当時右自動車に同乗しておらず、従って、右自動車の運転に何等関与していないし、指図もしていなかったことは、既に認定したところにより明らかであって、崔龍駿に、前記のように上久保和一の選任に過失があっても、自動三輪車の運転免許を受けているのみで、小型自動四輪車の運転免許を受けていない者に、小型自動四輪車を運転させると、必ず本件のような事故を起すものとは限らないのであり、崔龍駿の前記過失と本件事故との間に、特に因果関係を認めるべき特段の事由を認めることもできないから、崔龍駿に上久保和一の使用者としての責任があるかどうかは別として、崔龍駿に、民法第七〇九条により単独の又は上久保和一と共同不法行為者として、本件事故により生じた損害を賠償する義務があることを前提とする被控訴人等の請求は理由がない。

被控訴人等は、崔龍駿は、控訴人藤左衛門の支配下において、同控訴人の下請負をしていたものであり、上久保和一は右崔の雇ったものであって、上久保和一のした本件不法行為は、元請負人である控訴人藤左衛門及び同正澄の指揮監督権が、下請負人である崔龍駿を通じ間接に及んでいる場合になされたものであるから、右上久保和一のした本件不法行為に基く損害賠償請求に対し、控訴人藤左衛門、正澄の両名はこれに応ずる義務がある旨主張し、本件につき、上告審たる最高裁判所は、破毀の理由として元請負人が下請負人に対し、工事上の指図をしもしくはその監督のもとに工事を施行させ、その関係が使用者と被用者との関係またはこれと同視しうる場合において、下請負人がさらに第三者を使用しているとき、その第三者が他人に加えた損害につき元請負人が民法第七一五条の責任を負うべき範囲については、下請工事の附随的行為またはその延長もしくは外形上下請負人の事業の範囲内に含まれるとされるすべての行為につき元請負人が右責任を負うものと解すべきではなく、右第三者に直接間接に元請負人の指揮監督関係が及んでいる場合になされた右第三者の行為のみが元請負人の事業の執行についてなされたものというべきであり、その限度で元請負人は右第三者の不法行為につき責に任ずるものと解するのを相当とする。との判断を示している。

そして、控訴人藤左衛門が、小池組の商号を使用して土木建築請負業を営み、崔龍駿が土木建築請負業を営むことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫並びに弁論の全趣旨を考え合せると、控訴人藤左衛門は、右請負業の業務として、和歌山県から水害復旧道路工事等を請負い、昭和二九年三月頃から数回崔龍駿と下請負契約をし、右工事の下請工事をさせ、本件事故発生当時は、控訴人藤左衛門が和歌山県から請負った同県有田郡八幡村(現在清水町)久野原地内の昭和二八年度、二九年度県道高野湯浅港線路復旧工事の下請工事をさせており、崔龍駿は、右下請工事に要する砂利、セメントその他の材料等の運搬、右下請工事に関する事務の連絡などに控訴人藤左衛門から買い受けた本件自動車(この自動車は元控訴人藤左衛門の所有で登録名義は控訴人正澄名義であったが、昭和二九年三月一〇日控訴人藤左衛門は、これを代金五二万円で崔龍駿に売り渡す旨契約し、崔龍駿は、同年五月一〇日右代金の支払を完了し、その所有権を取得した)を使用していたこと、崔龍駿は右自動車を買受けたが、登録名義の変更手続をせず、本件事故発生当時においても、右自動車は控訴人正澄名義となっていたばかりでなく、右自動車に金文字で小池組の表示のあるままで(右自動車に小池組の表示があったことは、当事者間に争いがない。)右自動車を前記用途に使用することを黙認していたこと、控訴人藤左衛門と崔龍駿の右下請契約においては、崔龍駿の施行する下請工事につき、控訴人藤左衛門は、和歌山県の設計書に基いて、コンクリートの配合状況、道路中心の確認、道路ののりの勾配、床掘の状況等の監督をすることになっており、崔龍駿は、右監督の下に工事の施行をする約定で、実際においても控訴人藤左衛門の方から毎日のように工事現場に施行の監督に来ていたこと、控訴人藤左衛門は、昭和二八年頃から病気のためその営む土木建築請負業を自身ですることができなかったため、自己に代り息子の控訴人正澄に右請負業は勿論崔龍駿との間の前記下請負契約に関する監督をさせていたことを認めることができる。前掲各証拠中右認定に反する部分は信用しない。控訴人藤左衛門と崔龍駿の本件下請負契約の内容、控訴人崔の下請負工事施行の態様が右認定のとおりである以上、事業についての両者の関係は実質上使用者と被用者の関係と同視し得る場合に当るものというべきである。

しかし、既に認定したとおり、本件事故当日は盆休みであって、崔龍駿は、神戸市の自宅に居住する妻が手術をすることになっており、右自宅に帰る必要が生じたので帰宅することになったが、右下請負業に使用する本件自動車の運転のため雇っていた運転手川本富夫が盆休みで帰郷していたため右自動車を運転する者がいなかったので、前日の一二日息子の崔徳鎬をして、自動三輪車の運転免許しか受けていない上久保和一に、本件自動車の運転を依頼させてその承諾を得、まず運転免許を受けていない崔徳鎬に本件自動車を運転させて、和歌山県有田郡清水町大字久野原の飯場事務所を出発し、同町大字清水で上久保和一を同乗させたところ、途中上久保は、同人の元雇主小池智から、その所有する自動三輪車の故障の修理方法を和歌山市所在の宮本モータース店に問い合せてくれるよう依頼を受けてこれを承諾し、ついで、崔徳鎬と交代して、上久保が本件自動車を運転して海南市海南駅に至り、崔龍駿は、ここで降りるとともに、その後は上久保が和歌山市を経て前記飯場事務所まで右自動車を運転することを許容し、上久保は右自動車を運転して和歌山市に至り、宮本モータース店に立ち寄り、小池智から依頼を受けた用件をすませ、崔徳鎬の運転により帰途につき、和歌山県紀三井寺附近から上久保が交代して運転しているときに、海南市日方和歌山電気軌道株式会社日方停留所附近の道路上で、同人の運転上の過失により、本件事故を惹起しているのである。

右事実関係からすれば、本件上久保の行為は、崔龍駿の本件下請業自体の執行ではなく、ただそれと密接な関係にあるため外形上同人の事業の執行の範囲内に含まれるといえるにすぎないのであり、このような場合での上久保の前記行為は、元請負人たる控訴人藤左衛門やこれに代って事業を監督する控訴人正澄の指揮監督関係が直接間接に及んでいる場合になされたものとは到底認めることができず、他に下請負人である崔龍駿を通じ間接に、元請負人である控訴人藤左衛門や前記控訴人正澄の指揮監督関係が及んでいる場合に、本件上久保の行為がなされたことを認めるに足る証拠はないから、上久保の行為が元請負人たる藤左衛門の事業の執行についてなされたものとするための前記上告審判示の要件はみたされず、被控訴人等の(二)の主張は理由がない。

次に、被控訴人等の(三)の主張について判断する。控訴人等は、右主張は、本件訴訟での準備手続終結後なされた新たな主張であるから、許されない旨主張し、被控訴人等の右主張が、本件訴訟での準備手続終結後初めてなされたことは、記録上明らかであるが、右主張を取上げて審理することにより、特にそのため、著しく訴訟を遅滞するものとは認められないから、控訴人等の主張は採用しない。

崔龍駿が、前掲下請工事に要する砂利、セメントその他の材料等の運搬、右下請工事に関する事務の連絡などに控訴人藤左衛門から買受けた本件自動車を使用し、買受後登録名義の変更手続をせず、本件事故発生当時においても、右自動車は控訴人正澄名義となっていたばかりでなく、右自動車に金文字で小池組の表示のあるままで、右自動車を前記用途に使用することを、控訴人等が黙認していたことは、前に認定したところであるが、このような事実があっても、これにより、崔龍駿を、控訴人藤左衛門の事業の執行につき、民法第七一五条にいう被用者と同視しうる者と認める資料とすることができるだけであって、崔が雇った上久保和一が右自動車の運転中の過失によって起した事故について、直ちに、控訴人等がその責任を負担することまでも表示したものとすることはできない。この場合でも、被用者の被用者に当る上久保和一の不法行為が、使用者たる控訴人藤左衛門の事業の執行につきなされたものとするためには、直接間接に上久保和一に対し、控訴人等の指揮監督関係の及んでいる場合に、加害行為がなされたものであることを要するのであり、本件についての加害行為は、直接間接に上久保和一に対し控訴人等の指揮監督関係が及んでいる場合になされたものといえないことは、前段認定により明らかであるから、被控訴人等の(三)の主張も理由がない。

そうすると、被控訴人等の本訴請求は失当であるから、いずれもこれを棄却すべきところ、原判決は一部これを認容しているので、原判決中控訴人等敗訴の部分を取消し、民訴法第九六条、第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 岩口守夫 判事 長瀬清澄 岡部重信)

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